モンゴル5%ライフ

普通に日本に暮らしていながらモンゴルがじわっと染みてきています。モンゴルに興味のある方に役立つ、ちょこっと情報がお届けできればうれしいです。

ブリヤート語デビューします

この年齢にして社会の大波に揺さぶられ、あまりにもあまりにも仕事が忙しく、モンゴル5%どころか、モンゴル1%くらいになっています。でも0%にしないのが大事と心得、コツコツとモン活は続けます。

私はモンゴル語初級を習っているだけでいっぱいいっぱいのダメ学生です。が、先生からは「ブリヤート語も勉強しない?」「縦文字も面白いよ」と、たまにおすすめされます。いや、私これ以上頭に入りませんと遠慮しているのですが、先生が誘いたくなる気持ちも分かります。先生はモンゴル人であること、その中でもブリヤートという民族であることを、とても愛して誇りにしていて、その面白さや文化の素晴らしさを生徒に伝えたいのです。

実はこのたび、ブリヤートの音楽家舞踊家がロシアから来日、12月9日(日)に豊洲でコンサートを開きます。チケットまだまだあるそうなので、ぜひ!

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それに先駆け、神保町ノタックモンゴル語教室では12月2日(日)午後2時から、ブリヤート語体験教室を開催。ワンコイン500円です。

ついに私、ブリヤート語デビューです。

ちゃんと習うのはそこで、ですが、ちらりと聞いた所によると、例えば東北弁的な方言のようであり、でも文法的にもちょっとクセがあり、ロシア語の影響も受けた言葉らしい。

ブリヤート語体験も、まだまだ募集中のようですので。「ノタック」でウェブやfacebookを検索してみてください。

たまにモンゴル語教室の宴会で歌われる歌に、ブリヤート語での故郷の歌があり、ノタック(=故郷)ではなく、「ニョタク」となるのが、なんだかとてもいい感じ。楽しみです。

 

英語じゃない言葉を学ぶ訳

久しぶりの長めな文章書きです。ゴールデンウィークでもあり、ゆっくりと書きました。

モンゴル語を勉強していると「どうしてまた?」と聞かれます。たぶん、ベトナム語を勉強してますとか、オランダ語を、と言っても同じかなと思います。

この数年、インターネットとSNSにより、コミュニケーションの道具として学ぶべき外国語は英語一択にまとまりつつある気がしています。旅行に行くためでも、多少は素地ごある英語をやりなおした方が早そうな。

まあ人生何が起こるか分からないとはいえ、これから留学して学者になることも、モンゴルビジネスに打って出ることもなさそうです。一生懸命教えてくださる先生には申し訳ないのですが、私が流暢にモンゴル語を話せる日も今のところは、遠い気もします。

そんなら、なんでやってるの?不思議ですか?でも、それなりにちゃんと意味があるんです。

 

1.すばらしい脳トレになる

これ、ほんとにやって、体感してみてください。レッスンでは反射的にキリル文字を見て音読して、同時に意味を考えて、先生の質問を聞き取り、その意味と答えを検討しつつ口に出し。脳の何ヶ所もを同時に使うことて、短時間でも脳はフル回転。頭から湯気が出る感じ。それで時々、考えなくても単語が反射的に出てくると、おっ、私の脳もなかなかやるなーとうれしくなります。

脳科学者の黒川伊保子さんの著書『成熟脳』でも、50代からの手習いは、成果を求めず繰り返すことを目標にするのがいいと、外国語学習を楽しみ、忘れることや失敗を楽しむことをすすめていますが、レッスンは忘れては思い出しの連続で、まさにコレ!という感じです。

英語でもいいのかもしれませんが、日本人の脳はなんやかんや言っても英語に慣れているんです。ここは英語以外の言葉をぜひ。

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黒川伊保子さんの「成熟脳」。脳の本番は56歳から、という、なんとも励まされる脳科学エッセイ

 

2.世界の広さと小ささが染みてくる

普通、日本人はモンゴルの歴史や地理などは、知らないのが普通ですよね。私も正直、モンゴルという国があることさえ、よく分かっていませんでした。

では、モンゴルを知るために歴史から勉強しましょう!というのでもいいんですが、アカデミックに勉強しなくても、少しだけその国の言葉を学ぶだけで、普通の人としては十分に面白い発見がたくさんありました。

「これは元々チベット語なんですよ」といわれれば、チベットとモンゴルにどんな関係があるの?と少しずつ聞いてみたり、山と蔵は同じ語源で、それがお詫びの言葉に繋がっているとか、店員さんと嘘の語源が一緒とか聞くと、その民族ならではの感覚の微妙さを思い巡らせたりとか。

小さなひとつひとつのことを「へー」と聴きながら、じんわりと自分とは異なる民族と歴史を感じていきます。それは西洋と中国の、だれが歴史の中心人物だったか?という話でいっぱいいっぱいの世界史の授業にはなかった、新鮮な視点です。

こんな風に語源や言葉の成り立ちを知るうちに、「世界は広いなあ、人も歴史もいろいろだなあ。でも人間同士、不思議と同じ感覚も持ってるなあ」という、今の時代に大事にしたい感覚が、じわーっと染みてくる気が。この「染みる感じ」は、英語がペラペラになるのと同じくらいの価値があるような気がしています。

 

3.日本語についても「分かる」ことがある

自分のことは何か対比するものが多くあってこそ分かってくるもの。今まで外国語といえば英語だったのが、そこにもう一つの言葉が加わることで、「あれ?」という発見が多発します。

例えば日本語にない母音を試行錯誤するうちに、日本語の母音は5つと思っていたのに、「お」といっても「大阪」の「お」と「顔」の「お」は、違う音かも!?と気づくとか。私は実は日本語を知らなかった!とモンゴル語を学びながら実感しています。

「知る」ということもうれしいけど、「分かる」という、あの頭にパッと光が灯る感じって、うれしいですよね。特に人生後半になっても、少しずつでもなにかを分かるうれしさを感じたいなら、小さな言葉を学ぶのは、けっこう良い選択だと思っています。愛読書のひとつ「みちこさん英語をやりなおす」の中で、とても素敵な言葉が引用されています。

日々の暮らしの中で、幸せではなく、うれしさならあると思う。

「世界を、こんな風に見てごらん」(日高敏隆著)

幸せという大きなものが分からなくなったとしても、うれしさを集めていけば、どうにかなりそう。その種のひとつとして、言葉の勉強はありそうです。

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「みちこさん英語をやりなおす」(益田ミリ)。英語が苦手だったみちこさんが「もうわかったふりはしない」と時間をかけて英語をやりなおす。深く勇気の出る語学マンガです。

 

で、最後に、なぜベトナム語でも、オランダ語でもなくてモンゴル語なの?と、言われると。こればっかりは、出会いと好みだと言うしかないんですよ。私はモンゴル語のおしゃべりの音の感じと、キリル文字の形が好きでした。好きな理由は…恋愛と同じようなものとしか、説明も解説もできません。

こんなに長々と書いて、その結論ですか!?と言われると、なかなか辛いのですが。

せっかく、普通の人が世界中に旅することができる時代です。人がそれぞれに旅に出て、小さな言葉と出会い、恋に落ちて、世界がいろいろで良かったなと感じる、そのような時代が長く静かに続くことを、万年モンゴル語初心者はひっそり東京の片隅で願っています。

 

★たまに、外部記憶装置的ブログも書いてます

http://keshikiko.hatenablog.com/

【万年初級のモンゴル語】チーズのラベルを読んでみる

モンゴル語万年初級です。

この前記事で書いたモンゴル産チーズの、商品ラベルを読んでみます。

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真ん中は、「Toyga」だと、思いませんか?思いますよね(無理矢理ですが、同意してほしい)。でも、これはキリル文字の斜体字。ブロック体にすると「Гоуда 」、つまりゴーダチーズなんです。

私、ある程度はキリル文字に慣れたつもりだったのに、突然このラベルを見せられたとき、「えっ、あれ、ト…」と、急に読めなくなって動揺しました。

ほかも読んでみます。

一番上は

Сант сүүн булаг (サント・ミルクの泉)

サントは地名です。スーがミルク、ボラグが泉。

これ、mに見えるのが、実はтというのが、いつも納得できないのですが。でも、私が納得するしないではなく、そうなんですから、しかたない。

下のは

Эко Бяслаг エコ・ビャスラグ(エコ・チーズ)

Тансаг хэрэглээ タンサグ・ヘレグレー(高級品)

Таны сонголт タニー・ソンゴルト(あなたの選択)

かな、と。

このТと、斜体字のГ、スラスラ見分けられたら、いいんですけどねぇ。まだまだです。

「あなたの選択」は、こなれない日本語訳ですが、英語でもパッケージに、よくYour choice と書いてあるので、それなのかなと。

モンゴルの商品パッケージは、根気がなくて長文が読めない私には、とてもよい教材になってます。

モンゴルのナチュラルチーズ「サント草原の恵み」

モンゴルといえば遊牧、遊牧といえば乳しぼり。新鮮なミルクから作った美味しいチーズに期待!と思う旅人も多いのではと、思います。

モンゴルは乳製品の宝庫です。アーロール、ウルム、ツツギー、馬乳酒アイラグもそうですね。モンゴルが生んだ独自の食文化の粋ともいえる乳製品、とっても種類豊富です。

が、一方でいわゆるヨーロッパ風のナチュラルチーズ、ゴーダとかエメンタールとかカマンベールとかはあまり多くは作られていないようです。チーズ好きとしては、モンゴルのミルクで作ったナチュラルチーズを食べてみたいと、ずっと思っていました。

そしてある時、モンゴル語のアリウナ先生からいただいたのが、これ!

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「サント・ミルクの泉」工房の、「サント草原の恵み」ゴーダチーズです。

味は素直で、イキイキゆったり感のあって、食べやすく飽きがきません。すっかりファンになりました。

そしてこのチーズをモンゴルで作っているのは、なんと重田アリカさんという日本人女性。サント村近郊でチーズ作りの工房を営み、たまに日本でモンゴルのチーズを紹介しに帰られているらしい。そして基本的には、この重田さんの一時帰国時しか、このチーズは手にはいらないらしい。

今回はそのイベントに行ったアリウナ先生のお土産だったのです。

「サント草原の恵み」と、重田さんについては、イベントを紹介したウェブ記事が詳しいです。日本の女性、がんばっているなあ。

 

発酵ライフを楽しむためのメディア「ハッコラ」

https://haccola.jp/2017_04_19_2627/

 

記事にもありますが、年会費一口5000円で会員になれ、来年の冬に今年の夏のチーズと、長期熟成のチーズが送っていただけます。これ、かなりお得な気がして、私も先日会員になりました。

今回はもったいなくて出来ませんでしたが、来年の冬にはモンゴルチーズのチーズフォンデュにモンゴルアルヒなんて、いいなー。楽しみです。

 

 

 

【万年初級のモンゴル語】動詞の現在形の謎

モンゴル語、万年初級です。でも、今年はがんばって中級の下くらいにはなりたいと思っております。

今日レッスンで、そういえば、なんとなーく分かってたけど、ややスッキリしてなかったことが、ひとつスッキリしました。

例えば

行く(原型)→ Явах

行きます(現在形)→Явна

なのですが、現在形の発音は2種類あります。

無理矢理ですがカタカナで書くと 

・ヤウン

・ヤウナ

つまり最後の母音、aを発音するか、しないかです。

どう違うの?

・ヤウン→これが普通

・ヤウナ→いき、ま、す!のように、語尾まではっきり発音して、強く言ってる感じ。

つまり、フツーの日本人初級者としては、最後の母音は発音しない方が、何かと無難ということかなと。

母音重視の日本人は。書いてあるのに発音しないのが、どうも気持ち悪いですが、ここは我慢!が正解ですね。

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朝ドラ原作⁉︎モンゴル女性の人生記『星の草原に帰らん』

モンゴルをテーマにした本は、男性的だったり、学術書だったり、または絵本だったりが多いのですが、やわらかく読めて、とても良い本がありました。

1999年に出版された『星の草原に帰らん』(B.ツェベクマ著 / 鯉渕信一構成・翻訳、NHK出版)。一言でいえは、先の大戦に前後する時代、波乱万丈な人生を信念をもって生き抜いた、そう、そのまま朝の連続テレビ小説の原作になりそうなモンゴル女性の一代記です。

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著者は、作家の司馬遼太郎さんが、『街道を行く モンゴル紀行』のための取材旅行で出会い、その後、彼女を主人公にした『草原の記』を書いたモンゴル女性。

モンゴル民族の中でもブリヤート族であるツェベクマさん、バイカル湖の東、シベリアの南端というのでしょうか、現在のロシア連邦チタ州の郊外の村で、1924年に生まれたそう。そして種をあかせば、私のモンゴル語の先生のご親族でもあります。

旧ソ連から政治的経済的な圧迫を避ける父母に連れられ、子供の時に今の内モンゴル・ホロンバイル草原に移った後、困難な家庭環境の中でも向学心を持ち、それを伸ばそうとしてくれた母によって、13歳の時、高塚繁先生という日本人女性がハイラルで開いていた私学校に通うことになります。

高塚先生は、将来モンゴルの少女たちが、日本で高等教育を受ける可能性をひらくべく、日本語や日本の文化を自宅に寄宿させながら教育します。日本語はもとより、掃除や料理をはじめ、日本風の行儀作法、清潔感という文化もモンゴルの少女たちに厳しくも熱心に指導。「モンゴル人として生きるんですよ。モンゴルのために日本語を学ぶのです」と少女たちに教えた高塚先生。師弟の間には心の絆がありました。

しかしソ連軍の侵攻の日が訪れ、高塚学校は閉鎖、のちに高塚先生は日本の土を踏むことなく帰国の道半ばで亡くなったことが分かります。

戦後ツェベクマさんは、中国の内モンゴルで職業婦人として自活していきますが、日本語の教育を受けたということで、文化大革命時代に当局に目をつけられます。過酷な目にあいながらも、日本を、高塚先生を否定することはできないという気持ちをずっと持ち続けたツェベクマさん。夫となったブリンサインさんが戦前に日本留学経験もある学者だったこともあるでしょう。自分の今までの人生を作った日本の教育と、それを与えてくれた両親や高塚先生への評価は誰がなんといっても変わらない、という揺るぎない想いが、その後の人生をも切り開いていく原動力になります。

文革の嵐から子供を守り、「モンゴル人のための国で生きたい」と、夫とも生き別れを覚悟し、中国を脱出。親類もいない、当時のモンゴル人民共和国に移り住むことを決断。一時はどの国のパスポートも失うような状況になりつつも、身に付けた日本語を活かし、国営ホテルだったウランバートルホテルで働くことができたのです。

この、要約してもしきれない、波乱万丈さ!

戦争やイデオロギーの嵐に振り回されながらも、ツェベックマさんが自分の目で見て感じて大事にし続けた、「日本人だって、モンゴル人だって中国人だって、よかったこともあれば悪かったところもある」という考え。この、冷静で、また温かく良識ある考え方は、多様な人が混じり合って生きる今の世で、すごく大切なことのような気がします。

さて、この本のツェベクマさんの話は、ウランバートルホテルを引退した後で終わります。でも、私はこの後の物語も知っているのです。

晩年はウランバートルに近い保養地テレルジに、ブリヤート風の木の小屋を建てて住んだツェベクマさん。いま、そこでは親族の方がツーリストキャンプを運営しており、ゲルや木のキャビンに泊まることができます。たぶん高塚先生の教育が継承されて、とても清潔な環境で、食事も日本人にも食べやすいおいしさ。 

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こんな夕食が

キャンプの一角にはツェベクマさんが暮らした小屋があり、中には写真や本が飾られています。

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小屋に飾られた司馬遼太郎さんとの写真

 

私はこの本の前半を、ツェベクマ・キャンプに滞在中に小屋から拝借して読み、後半は日本に帰国後に読みました。

昔、ハイラルという遠い異国の街で、高塚先生という日本人の女性から日本語を学んだモンゴルの少女が歩き続けた道は、今の時代にも、日本とモンゴルをつないでいるのです。

ヘヴィーンボーブがやってきた

モンゴルのお正月で私が毎年気になるもの、それはヘヴィーンボーブ Хэвийн боовです。

ツァガーンサル цагаан сарのお祝いになくてはならない、日本で言えば鏡餅のようなものなのですが。大型のクッキーを井桁に組み、最低3段以上の奇数段を積み上げます。上に蓋のような丸いクッキーをのせて、上からアーロール ааруул などのモンゴルの乳製品と氷砂糖やキャンディなどをバラバラと振りかけて飾ります。

こんなものです。

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これは今年の、モンゴル語教室「ノタック」の日本での新年会のものなので、やや簡略なのかもしれません。

 数年前、ツァガーンサルのお祝い会をする前に、モンゴル語の先生が「ヘヴィーンボーブがないんですよ。困ったわ。日本で手に入らないかしら?」と、ヤキモキしていました。モンゴル語の聞き取りもイマイチな私は、えっ?ヘブンボーブ?つまり天国ってこと?と思いましたが、そんな訳はなく…。 

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ヘヴ хэвは、鋳型という意味。鋳型にいれて形を作ったボーブですと。ひとつひとつはこのような形(大きいのがヘヴィーンボーブです。丸いのはまた別のボーブ)。ちなみに、このхэвという単語、派生語も多いから、覚えて損はなさそうですよ。

 お菓子に話を戻しますと、これはだいたい長さ20センチくらいです。6個で1パックになっていました。オーブンで焼くのかと思いきや、油で揚げるのだそうです。それは大変!ですが、モンゴルの伝統的なライフスタイル、ゲル гэрに住んで遊牧というスタイルには、オーブンは似合いません。

ボーブбоовは、クッキーとか焼き菓子のこと。普段からよくおやつにいただくのは、油で揚げたドーナツとかりんとうの中間くらいの、ふた口サイズくらいのお菓子です。辞書によると、揚げパンはボールツォグ боорцогと言うのらしいのですが、ボーブでも通じています。

 このヘヴィーンボーブ、日本では作っても、売ってもいないようで、それぞれがツテをたどって、モンゴルから送ってもらったり、持ってきてもらったりしているよう。そして、上の蓋の丸いボーブは、さらに手に入りにくいのか、知り合いで持っている人から貸してもらったりもしているみたい。

想像してみてください。ツァガーンサルが近づくと、数多くのヘヴィーンボーブが、モンゴルから海を渡り空を飛び、世界の国々へ人づてで届けられていると思うと、かなり楽しい気持ちになります。

ツァガーンサルの後、お役目を終えたヘヴィーンボーブはガジガジと食べていいようですよ。でもかなり硬くなっているので、スーテーツァイ сүүтэй цайに浸してね。薄甘くて、懐かしい味がします。